2145534 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

新英語教育研究会神奈川支部HP

新英語教育研究会神奈川支部HP

笹田巌先生を偲ぶ(2) 新英研会報に寄稿

☆笹田巌さん(1957-2009)の遺稿集『教師笹田巌』を是非、若い先生方に読んでいただきたい(もちろん年齢制限はありません)。
第1巻(222ページ、厚さ1.3cm)はアルバム、追悼文、往復書簡、
第2巻(354ページ、厚さ2.2cm!)は英語授業実践(生徒とのノートのやりとりが面白い p.266)、論文、新聞投稿(朝日新聞コラム「私の視点」の担当者とのやりとり、原稿の変遷も読める)で構成。
2冊で500円(各250円)+送料350円。
笹田さんの親友で本書の編集をした萱森さん「ウィズダム」にお問い合わせ下さい:
wisdom@kzd.biglobe.ne.jp










「教育は対話である ~ 笹田巌さんの死を悼む」  和田さつき(新英研神奈川支部)

2009年7月25日、山梨県丹波山渓谷で渓流釣りで事故に遭い、52歳で亡くなられた笹田巌(いわお)さん。亡くなられる1週間前、メールで新英研全国大会にお誘いしたところ、「8月3日からハワイでアメリカンスタディーズの研修に参加する予定で、大会は残念ながら難しいです。ただフライトが未確定なので、うまくいけば1日参加させていただけるかもしれません。」というお返事がありましたので、訃報を受け取ったときは大変驚きました。
10月25日、新英研副会長・阿原成光さん宅(東京都保谷市)で偲ぶ会を行いました。大阪からご両親とお姉さんがいらっしゃり、沖浜真治さん(東大附属中等教育学校)、笹田さんの勤務校だった学芸大附属高校大泉校舎の池田校長、親友の萱森優(ゆたか)さん、和田の8名でお話ししました。
せっかく入学した早稲田大法学部を1年で辞め、ニュージーランドに交換留学されたことが笹田さんの人生を大きく規定したようです。留学中、畜産農家で「子豚の去勢作業で農主がザクザクと子豚の睾丸をハサミで切り取っていく」「農主が害草抜きの際に捕まえた小ウサギを躊躇なく連れている牧羊犬にほり投げ、犬がパクッとウサギを飲み込む」という衝撃的な場面に遭遇。生業の妨げになる自然物は容赦なく処分していく西欧文化を目の当たりにして、笹田さんが抱いた思いは、無味乾燥な勉強に縛られる日本の高校生にもっと「体験」をさせるような教師になって、日本の高校を変えることでした。
帰国後、早稲田大文学部に入り直して日本史を専攻(卒論テーマは「戦後教育と日本人の平和意識」)、教員になって北海道で3校、神奈川県の女子校、練馬区の東京学芸大附属高校大泉校舎へと異動、英語と社会科的なアプローチを生かせる場で「水を得た魚になった気分」で帰国生たちを16年間にわたって指導されました。
TOFELで満点(全国で2年に1人程度!!)や教員のスピーチコンテストで2位、コロンビア大学ティーチャーズカレッジでマスターコースを修了されたことなど、輝かしい英語歴をお持ちでした。途中、休職されましたが、見事復活、「これから」というところでした。
授業では英語で社会科を教える「エマージョン授業」を担当、「生徒に教え込まない(教える時間は10~15%程度)」「テーマ設定は生徒に任せる」「What do you think? Why do you think so? Is it really true?という問いを常に浴びせかけ、思考を引き出す」という手法。「教育は対話だ」という信念を貫かれました。英語情報にだまされない能力育成がとりわけ急務だと考え、「クリティカルシンキング」を英語教育に取り入れる実践を継続していくはずだった矢先の突然の死。お姉さんがおっしゃった「あと5年生きていたら…。英語教育を変えられたかも知れませんね」という言葉がこれからも私たちに課題として残ります。
★お願い:お姉さんは「名誉欲や私利私欲といったものはたぶんなかったと思います。正義感だけは人一倍あったと思います。生徒たちのことも、教育のことも、世の中のことも、一生懸命考えていたと思います。だから、弟の存在を忘れさられることなく、たまにでも話題にしてもらえたら、そのことが一番うれしくて、ありがたいことです。」とおっしゃっています。笹田さんのアドレスをお姉さんが受け継がれてチェックされていますので、この会報を読まれた方で笹田さんの思い出をお持ちの方はメール(gzx02140@yahoo.co.jp)を差し上げてください。


★笹田さんが朝日新聞「視点」に投稿された文を掲載したいと思います。
2003年、当時46歳だった笹田さんを思い浮かべながら読んでいただければ幸いです。

●「受験生へ:無目的進学の前にまず働いてみよう」 笹田巌
夏休みに入り勉強しなければと焦りつつ身が入らない受験生も多いと思う。そうした後輩達よ、いやいやの勉強などすっぱり捨ててまずは働いてみよう。現実社会での労働は最高の学習体験と実力養成の場だ。
個人的体験を語ろう。初労働は中元の自転車配達。1個45円。ビール大瓶2ダースも1個だ。踏切のデコボコでよろめいて転びビールの泡が一面に飛び散る。大人がわっと集まり「兄ちゃん、大変やな」とてきぱき片づけてくれる。一人が配達店に電話をかけてくれ店主が飛んできた。叱られると思いきや、「すまんかったな。明日はええ荷物運んでもらうから。」と言う。翌日の荷物に商品券封筒。これも1個なのだ。大人の情けが心にしみた。今で言う「心の教育」だ。
そのバイト代で信州に。農家民宿できびきび家業を手伝う娘さんに一目惚れ。彼女の気を引こうと、秋の稲刈りに中間テストをサボって手伝いに行った。山間の田んぼでの農作業は家族総出の重労働。腹ぺこになってみんなで食べた大きなおにぎりはうまかった。家族の絆の強さが眩しいほど羨ましかった。働く姿を子供に見せられないサラリーマン家庭の教育力は低いはずだ。「教育社会学」の体験学習。
1日の農作業で翌日は完全ダウン。一家は何事もなかったようにまた作業に出ていく。惨めだった。娘さんには笑われるし、バスケット部で鍛えたはずの若者の体力は農作業で鍛えたおじさん、おばさんの強靱な体力の足下にも及ばないのだ。「食う」ための労働は学校スポーツを圧倒する「体育」だ。日本経済の強さの源流も厳しい農作業にある。「経済史」の実地学習。
ニュージーランドの畜産農家での仕事。まず子豚の去勢作業。私が子豚の4足を握りしめている間に農主がザクザクと子豚の睾丸をハサミで切り取っていく。子豚とはいえ凄まじい痛みでもがく足を握り締め続けると数頭後には手が麻痺してしまう。そして牧場の害草抜き。所々穴があり農主が手を突っ込むと可愛らしい小ウサギがつまみ出されてきた。彼は躊躇なく連れている牧童犬にほり投げる。犬はパクッとウサギを飲み込みあっという間に数匹が犬の胃袋に。可愛くてもウサギは牧草には害獣。生業の妨げになる自然物は容赦なく処分していくヨーロッパ的文化を目あたりにして、衝撃的な「比較文化」の授業を受けた。
働きながら自分の使命が見えてきた。無味乾燥な勉強に縛られる日本の高校生にもっと「体験」をさせてあげたい。「教師になって、俺が日本の高校を変えてやる!」
使命が見えると勉強は喜びに変わる。教員免許を通信教育で取得し、初赴任先はいわゆる「底辺校」。教師に机を投げつける荒れた生徒達との格闘から彼らのすさみの背景にある日本社会の階層性が見えてきた。彼らの心の荒れは社会のゆがみの鏡だ。ゆがみはどうすれば直せるのか。この疑問が私を心理学や社会学の勉強に駆り立てた。
生徒達は私の学歴など全く知らない。彼らの関心は本物の学力を鍛えられる教師としての実力、そしてその土台となる人間愛のみである。私の微々たる実力形成にブランド大学は無関与。一重に現実社会で働くこととそこから得られた問題意識に駆り立てられての勉強によって養われたものだ。実力本位は教師の世界に限らずどんな業界でも同じであろう。
無念なことに病気に倒れ、生徒と体験を共有できる健康体を失った。今は神のように寛容な同僚と生徒達に支えられ辛うじて教壇に立たせてもらっている。使命の追求が叶わぬ今、諸君にしてあげられるのは「若者よ、まずは働け!」と叫ぶことだけだ。




© Rakuten Group, Inc.